
知的障がいがある方を「不審者」として通報
こんな記事が京都新聞で大きく取り上げられた。
よくよく読んでいると誰が悪いとも言い切れない。
障がい当事者の彼は、誰にでも笑顔で挨拶をする特性がある。 挨拶されたお子さんは、知らない人から話しかけられたら気を付けなさいと言われて育ってきた。 通報したご家族は子どもの安全を守るため通報した。
そこに犯罪をしてやろうとか、社会から隔離してやろうとかいう意図はない。 ちょっとしたボタンの掛け違い。 でも、確実に悲しむ人はいる。
そこで滋賀県防犯協会は電柱などに貼っているステッカーを「不審者に注意」から「路上犯罪に注意」に貼り替えた。
表現の変更。 だから何?と言ってしまえば、その程度のことではある。 不審者という文言を路上犯罪に変更したところで変わらないと言ったら変わらない。
でも、たったこれだけの表現変更であっても、その裏側に「少しでもよくしていこう」という意図は感じる。
障がい当事者の彼のお母さんの話が記載されている。 「犬の散歩中にあいさつしたり、公園で電車を見たりしていただけなのに。息子の数少ない楽しみにが奪われてしまった。」
人の喜びを奪っちゃいけない。 当たり前のことだ。
危険から避けるような行動を取ること。 これも当たり前。
子どもの安全を守ること。 やっぱり当たり前。
それぞれが、それぞれに生きていくための配慮。 まだまだ足りない。
これは滋賀だけの話じゃない。 全国どこででも起きうる話だし、実際に起きている話だ。
だからこそ、積み重ねていくしかない。 もう2021年も年の瀬。 こうした悲しい記事が2022年少しでもいい記事に代わっていけばいいな、と思う。
【京都新聞】※有料記事