もし自分に障がいがあったら?

今回は大学生のHさんに質問をしました。
「もし自分が何らかの障がいがあった場合、今の日本で生活しづらいと思う場面は何ですか?解決策も一緒にお答えください。」
以下が実際に答えてくれた内容である。

もし自身に何らかの障害があった場合、今の日本ではどのような場面で生活の困難を実感するだろうか。そもそも障害とは到底一括りに表せる存在ではなく、例えば思考に影響する障害と、足が使えない障害では全くの別物である。そのため今回は障害者基本法に記載された区分を参考に、大きく「身体障害」、「知的障害」、「精神障害(発達障害を含む)」の三つにわけて考える。
まず身体障害については、その部位を使用する場面にて困難に直面することが自明である。足に障害を持ち車椅子での生活を余儀なくされている人であれば、階段の側にスロープやエレベーターが設置されていなければ進むことが困難になり、耳が聞こえない人であれ
ば、電車利用中に車内で何かを放送されても聞き取ることが出来ない。また本文の著者は左目に先天性の弱視を患っているが、商業施設に設置された店舗ごとの案内看板の文字が小さく困った経験を持つ。そういった不便を感じる場面は多々ありつつも、街を歩いてみれば時代が進む度に配慮が増す社会を見ることが出来る。車椅子に座ったままでも押せるよう
低く用意されたエレベーターのボタンや、視覚障害者を慮った音声案内付きのトイレ。社会は広義的なバリアフリーの実現に邁進しており、この成果がより大きくなることで解決へと繋がっていくだろう。
続いて知的障害では、度合いによって大きく変化する。軽度であれば学齢期において相応の所作を身に付けることに時間がかかりうるため、習得の上で日常生活を送ることができるようになるまでの期間が困難となる。重度であれば入浴や食事といった生活に必須な行為にも支援を要したり、他人とコミュニケーションを取ることが難しい場合もあり、そういった状態下では日常の一挙手一投足に不便を感じるだろう。支援センターなどに頼る方法はあるものの、現在の障害者施設では泊まり込みでの支援なども必要とされる労働量の多さと、それに見合わない賃金の低さによって人手不足が如実に表れている。これは一企業努力によって覆るものではなく、国が根本から該当職種の改革に動くことで、間接的に知的障
害者を未来に繋げる策になると考えられる。
最後に精神障害や発達障害では、見た目ではっきりと障害を認識できず、他人から見た時に認知されづらいことが困難となる。例えばこういった障害の中には文言をそのままの意図でしか認識できない症例があるが、人の言葉を察することが出来ずに表面上だけで受け取っていては、今の社会での生活上良く思われない場面もあるだろう。基本的に内部障害者
が持つような、一瞥で配慮が必要であることを理解できるヘルプマークのシステムは自閉症やADHDを持つ人も利用することが出来るが、筆者の周りでの使用者はほとんどいない。
そういった障害を患う知り合いに話を聞くと、「重い病気の人が付ける認識があるため、自分くらいの症状に対して用意するものかどうかがわからなかった」と述べる。少なくともこの考え方がある以上、精神的な障害を持つ人や彼らと対峙する人が不便を感じない解決策には、専用のヘルプマークを作るなど障害を認知できるようになることが重要である。

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