大学生の友人にchatGPTと同じ質問をしてみた。

今回は前回のゼロゼロでchatGPTに質問した「障がい者が自立するにはどうすればいいか。障がい者の社会問題を踏まえてお答えください。」という同じ質問をしてみた。これからの社会を担う一大学生は何を思い、何を答えてくれるのか。以下が大学生の返答である。そして、次回のゼロゼロでは今回のAIと大学生の友人2つの質問を経ての意見を、私と障がい者雇用に長年携わるKさんとで書いていこうと思う。
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近年の発達した医療の下において、過去に「個性」とされていた身体情報が発達障がいであったと認知された例は遠い話でない。内閣府が昨年発表した、『令和 4 年度障がい者施策の概況』に記載された厚生労働省の調査によれば、身体障がい者はおよそ 436 万人、知的障がい者はおよそ 109 万人 4 千人、精神障がい者は 614 万 8 千人1だとされており、障がいという存在がマイノリティと言い切るにも憚られる数値となってきている。
また、障がい者数はどの分類のものにおいても増加傾向にある。これには、例えば医療の進歩によって障がいを持つ人の生存率が向上したことで、以前であれば生き延びられなかった人たちが生活を送れるようになったこと。また、インターネット内で自閉症スペクトラム障がい、注意欠陥・多動性障がい(ADHD)といった存在が目にしやすく、人々の中で病名の認知が進んだことで、病院へ相談しに行く人が増えたことなどが挙げられるだろう。
現代において人が自立するためには、ある程度の主体性が必要になってくる。終身雇用が当たり前だった幾年前の日本と違い、今では一つの会社に固執せず転職に繰り出すことは何ら不思議でない。また両親等の斡旋を得たお見合い婚は少なくなり、自由恋愛の末に結婚という過程が一般的になっている。つまるところ、現代では社会生活において能動的に動く力が求められる場面がより増えてきており、テンプレートに沿った生き方では足りなくなってきた。
障がいを持つ人の中には、他の人(障がいを持たない人)と違うという周囲の排他的な主張、意図的かどうかに関わらず、快く思われない行動や性格によってぞんざいに扱われることもある。例えば小学生時代にそういった扱いを受けて成長した人間は他と比べ自己肯定感を育みづらく、自身に価値を見出せないまま大人になりやすい。自分の持つ障がいが足枷となれば、無意識的に自己決定や行動の自由に制限がかかり、本人の主体性にまで影響を及ぼしかねない。そうなれば、先述したように主体性が必要になる現代では当然生活しづらい状況へと陥り、自立への道は狭まってしまう。
これを踏まえ障がい者が自立する前提には、社会全体が彼らを理解するなどと浅はかに言わず、確実に存在を認めることが必要である。「自分たちは障がいに理解を持っていて平等に接する」としたところで社会参加においてはその偏見の目をゼロにすることは難しく、結果として SDGs に記載されている、労働における障がい者への対等な関係も未だ確立できていない。障がい者に対して包括的な支援体制も重要視される箇所ではあるものの、自立という面で見れば障がいを個性として見ていた過去を頭ごなしに否定せず、適材適所しかりそもそも労働の在り方を見直すことの方が先決ではないかと考えられる。それぞれに合った場所へ彼らを位置づけられれば、そこでの働きは人に認められること、自己の価値を見出すことに繋がり、結果として障害者の自立へと向かっていくのではないだろうか。

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